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危機への備え
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【梅満開。春の山はどこに登ろうか】

危機管理か?危機対応か?
2月23日(日)中日新聞第2面の、「視座」という記事に学んだ。
そもそも、「危機を管理する」という発想自体が傲慢ということらしい。
「危機管理」という言葉には、危機は予測可能なもので、コントロールできるという発想が込められている。
完全に予測できる危機なら、最初からなくすことができるはずだ。
しかし、それができないのは、予測不能な事態が起こるからである。
完全に予測できないから、危機なのである。
では、予測しえない危機を前に、人は無力なのか。
それは、違う。
危機を管理することはできない。
しかし、対応することはできる。

危機対応
危機発生で最も重要な対応が、初動である。
初動において、正確かつ迅速な対応を可能な限り判断し、実行できる決断力が要求される。
多くの場合、そこまでやる必要はなかったと、後日批判されるだろう。
しかし、その批判を恐れて、初動で小出しの対応をすることが危機を深刻化させかねない。
初動の遅れ、小出しの対応、そして後手は、時間の浪費である。

セルフレスキュー
さて、登山事故発生への対応でも、当然初動がものをいう。
初動がすべてと、心得てもよいだろう。
事故発生現場にいる人には、正確かつ迅速な対応を可能な限り判断し、実行できる決断力が要求される。
そのためには、日頃の準備が必要だ。
遭難救助講習会への参加とトレーニングが、中心となるだろう。
応急処置、搬送といったセルフレスキューを学べる。
学習であるから、強制はよろしくない。
学習の源泉は、山が好きという心以外の何物でもないから。

遭難救助
事故発生!
セルフレスキューができる人がその場にいるか、いないか、運命の分かれ目。
日頃の準備をしていない人に、何かを要求しても、それは酷というものだ。
さらには、そうした人が何人集まっても何もできない。
現場まで来られても二次遭難?
ましてや、下山口に何人集まろうと無意味。
一緒に山に登るなら、この人は人を助けることができるのか見極めたい。
これは、十分に予測可能な「危機管理」である。
でも、ケータイが通じる低山ハイクレベルなら、そこまで考えなくてよいかも。
電話でSOSすれば、誰かが助けてくれるし。



2020.02.24 Mon l 事故から学ぶ l top